盛岡の繁華街は、北上川と岩手公園との間に位置する「菜園」・「大通」、中津川の向こうに全蓋式のアーケードを有する「肴町」があります。また、「菜園」「大通」界隈の北側に岩手県庁や市役所等の官庁が立地する「中央通」があります。
盛岡駅前通
▲盛岡駅は市街の西端にあります。東北新幹線と秋田新幹線の分岐駅であり、県内各地から列車がやってきます。国鉄時代に作られた新幹線駅は巨大ですね。
▲このあたり一帯は盛岡駅前通という地名。駅前だけあってホテルが多く建ち並んでいます。
▲開運橋は、盛岡駅前と繁華街とを結ぶ橋。大勢の通勤通学の人出があります。「二度泣き橋」とも呼ばれ、首都圏等からの転勤者が遠くまで来てしまったと泣き、去る際には盛岡の人々の人情や豊かな暮らしに思いを馳せて泣く、というお話から来ているんだそう*1。盛岡の玄関口としての役割を感じるエピソードですね。初代は1890年に鉄道が開通した際に架けられ、現在の橋は1953年に架けられました。
大通・菜園
▲開運橋東交差点。斜め左へと向かう道は大通りへ、斜め右へと至る道は菜園へと続きます。
▲開運橋と菜園とを結ぶ通り。
▲大通3丁目交差点。大通商店街の西端に当たり、ここから岩手公園へと商店街が延びています。
▲「クロステラス盛岡」は、大通3丁目交差点角にある商業施設。
▲大通3丁目交差点から大通商店街。
▲大通2丁目にある大型商業施設の「MOSS」。2005年に閉業したダイエー盛岡店の跡地に作られ、映画館も入居しています。
▲大通商店街。クロステラス盛岡から岩手公園まで約600mに渡り商店が続きます。歩道にはアーケードがかけられ、雨や雪の日でも歩きやすくなっています。車道は開運橋方面(西方向)に一方通行。
▲大通1丁目界隈。
▲こちらは菜園地区。盛岡市街唯一の百貨店である「カワトク」が立地しています。もともとは肴町にありましたが、1980年に菜園に移転しました。この建物は移転当時からのもの。
▲菜園通りの風景。コインパーキングやオフィスビルが建ち並んでいます。
▲菜園1丁目界隈の歓楽街。
▲映画館通り。菜園のカワトク前から大通を縦貫して中央通へと至ります。
▲菜園センタービル。映画館通りに面しています。近傍には映画館通りバス停があります。
▲サンクイーンビル。映画館通りにある複合ビル。
内丸・岩手公園・中央通
▲大通の東端。角に細長いEst.21ビルが立地。 この先は内丸地区となります。盛岡城の内堀と中堀の間に囲まれた区域のことを内丸と呼んでいたようです。*2
▲菜園の東端、岩手公園下交差点。盛岡城の石垣が遺っています。
▲岩手公園(盛岡城跡公園)は、盛岡藩南部氏の居城である盛岡城の跡地に整備された公園。
▲岩手公園内にある神社で、盛岡藩初代・南部信直の遺徳を偲んで場内に神殿を建立したのが始まり。
▲桜山神社門前の商店街。飲食店などが建ち並んでいます。じゃじゃ麺発祥の店である「白龍」があります。
▲お堀沿いの道。中ノ橋通りと大通とを結んでいます。
▲東北銀行本店。
▲もりおか歴史文化館。岩手公園の東側に立地。
▲テレビ岩手。中ノ橋袂に立地。
▲市役所前交差点。国道455号は手前から左方向へと延びています。中央通の東端にあたります。
▲盛岡市役所。
▲市役所前から中央通方向。裁判所前交差点までは国道455号に指定されています。
▲岩手県庁。
▲岩手地裁。手前にあるのが石割桜。
▲水産会館。県漁連の事務所は海に面していない県庁前にあるんですね。
▲岩手銀行本店。裁判所前交差点角に立地します。
▲中央通1丁目交差点から南に映画館通りが延びています。ピカデリーは映画館通りの名前のもとになった映画館です。
▲中央通の風景。大通の一つ北の通りで、オフィスビルが立ち並んでいます。
▲中央通り2丁目交差点。駅方面へ至る通りと中央通との交差点。
▲啄木新婚の家。石川啄木が新婚時代に盛岡に住んでいた家が現存しています。といってもこの家で暮らしたのは3週間みたい。中央通3丁目に位置。
▲中央通の西に位置する材木町。この通りは「いーはとーぶアベニュー」という名前が付けられています。
▲材木町の夕顔瀬橋から岩手山がうっすらと見えました。
中ノ橋通・肴町
▲菜園・大通地区の東側を流れる中津川。この橋は「中の橋」と呼びます。
▲中の橋通の風景。国道106号に指定されています。
▲中の橋袂にある岩手銀行旧本店本館。東京駅を設計した建築家・辰野金吾による建築物です。取材当時はまさかの工事中。赤煉瓦を用いた特徴的な建物です。
▲肴町アーケードの角にあるNanak(ななっく)は、2011年に閉店した中三盛岡店の建物を用いて2012年にオープン。しかし業績不振で2019年6月に閉店しました。ここから肴町のアーケードが南へ延びています。もともとは1980年に菜園に移転した川徳の建物でした。
▲肴町商店街。全長365m、全蓋式のアーケードがかかり、歩行者天国となっています。
▲肴町アーケード前。
▲写真の盛岡バスセンターは1960年から2016年まで使用されていました。当時は高速バスや県内各地からの路線バスが発着していました。現在は盛岡駅のバスターミナルに集約されています。
▲老朽化が激しいため、取り壊された盛岡バスセンター。内部はとてもレトロな雰囲気が残っていました。
訪問時期:2014年12月
*1:http://www.city.morioka.iwate.jp/res/projects/default_project/page_/001/009/263/160401_web.pdf、広報もりおか2016年4月1日号、2,020年5月17日閲覧
*2:http://www.city.morioka.iwate.jp/shisei/moriokagaido/rekishi/1009408/1009413.html、盛岡市 盛岡市町名由来記、2020年5月17日閲覧